cogitoid

─ルネ・デカルト

 

“I have to believe in the world outside my own mind. I have to believe that my actions still have meaning, even if I can’t remember them. I have to believe that when my eyes are closed, the world’s still there. But do I? Do I believe the world’s still there? Is it still out there?! Yes. We all need mirrors to remind ourselves who we are. I’m no different. Now... where was I?”

Leonard Shelby “Memento

 

 この序説が長すぎて、一気に読み通せないようなら、六部に分けてもかまわない。第一部では、デカルトの渦動説に関するさまざまな考察が書いてある。第二部には、著者が求めた方法の基本的な原理が示されるだろう。第三部においては、この方法から導かれるデカルトの二元論を記している。第四部には、著者が神と単位eの存在を証明する際の根拠、すなわち著者の形而上学の基盤が示されている。第五部には、著者が検討した時計じかけのコギトに言及している。最後の第六部では、著者がデカルトの探求においてさらに必要と考えるものは何であるか、ならびに著者が本書を書こうと思った理由を説明している。

 

cogito bud… 

 

第一部      Does the Flap of a cogitos Wings in Amsterdam set off Tornadoes in the World?

デカルトは非線形の哲学者である。

 

Your coat and hat are gone

I really can't look at your little empty shelf

A ragged teddy bear

It feels like we never had a chance

Don't look me in the eye

 

We lay in each others arms

But the room is just an empty space

I guess we lived it out

Something in the air

We smiled too fast

then can't think of a thing to say

 

Lived with the best times

Left with the worst

I've danced with you too long

Nothing left to say

 

Let's take what we can

I know you hold your head up high

We've raced for the last time

A place of no return

 

And there's something in the air

Something in my eye

I've danced with you too long

Something in the air

Something in my eye

 

Abracadoo - I lose you

We can't avoid the clash

The big mistake

Now we're gonna pay and pay

The sentence of our lives

Can't believe I'm asking you to go

 

We used what we could

To get the things we want

But we lost each other on the way

I guess you know I never wanted

anyone more than you

 

Lived all our best times

Left with the worst

I've danced with you to long

Say what you will

 

But there's something in the air

Raced for the last time

Well I know you hold your head up high

There's nothing we have to say

There's nothing in my eyes

But there's something in the air

Something in my eye

I've danced with you too long

There's something I have to say

There's something in the air

Something in my eye

I've danced with you too long

(David Bowie “Something In The Air”)

 

ルネ・デカルトは空間に渦を満たした世界観を提示している。「デカルトというと、方法論が明晰で、概念を割りきるところが特徴だ。彼の哲学は『物心二元論』と言われるが、形而上の心の世界のほうで〈自己〉、今流に言えばアイデンティティを基本とし、形而下の物の世界では〈外延〉、つまりは『ひろがり』を基本にした、という程度のことだろう。これは、ひろがった〈空間〉に枠をしつらえた、彼の世界像によく見合っている。もっとも、枠だけでカラッポの空間というのは、デカルト自身には気持ち悪かったらしく、そこになにやら渦のようなものがぎっしりと詰まっている、と考えた」(森毅『魔術から数学へ』)。アイザック・ニュートンが空虚な空間という線形の世界により宇宙を示そうとしたのに対し、デカルトは渦動説によって世界を非線形として把握したと考えるべきである。「想像力が物体的なものを表わすのに図形を用いるのと同じように、悟性は精神的なものをかたどるのに、ある種の感覚的物体を用いる。例えば、風や光を」(デカルト『思索私記』)。

 デカルトは、『哲学原理』の中で、宇宙と物体の落下について次のように述べている。

 

 宇宙空間はエーテル粒子で充満しており、エーテル、火、土の3元素によって世界が構成されている。宇宙では恒星を中心にしたエーテルの渦巻きがあり、これによって、水上に浮かぶ木片のように太陽のまわりを動かされている。よって、これが惑星は太陽のまわりを、すべて同じ方向に、ほぼ同一平面内で回り続ける原因である。

 すべての恒星が同一の天球上にあるのではなく、どの恒星も自分のまわりに、他の恒星の含まれていない広大な空間をもっており、そこでは、恒星を中心としてエーテルの渦が回っている。すべての遊星(惑星など)は太陽のまわりをエーテルの渦によって運ばれている。その運動は完全な円形ではなく、常に惑星は太陽から等しい距離にあるわけではなく、遠日点、近日点がある。月の軌道は楕円である。彗星は天体であり、土星より遠方にある。

 また、地球上において物体が落下する現象は、物体が地球の自転によってエーテルが地球の中心へ向かって押し下げられるためである。

 

 デカルトは運動一般をエーテル、すなわち充満物質の中での粒子間の近接作用によって記述する。真空でも物体が動くというガリレオ・ガリレイの説には否定的であり、落下の加速運動にも好意的ではない。デカルトによれば、真空など存在せず、空間はエーテルで満たされ、無限である。と言うのも、虚無には延長がありえないからである。地上界と天上界の区別はなく、宇宙の行う運動は渦運動のみであって、渦運動の過程で今の宇宙が生成されたのである。さらに、渦動説に基づくその宇宙生成論によって、天文現象の因果的説明をしている。「運動」は、『哲学原理』によると、「場所の移動」であり、空間も延長である以上、物体にほかならない。運動は「物質の一部分あるいは一つの物体が、それと直接接触し、かつ静止していると見なされる物体の傍から、他のいずれかの物体の側に移動すること」である。地球はそれを取り巻く物質の渦運動によって自転しているのだから、地球はつねに静止しているのであり、運動しない。惑星は宇宙空間を満たしているエーテルの渦巻きによって、水上に浮かぶ木片のように太陽から動かされている。惑星は、太陽の周りをすべて同じ方向に、ほぼ同一平面内で回り続ける。「宇宙は無限の広さをもっており、真空という空間は存在しない。また、天空の物質と地上の物質とは同一のものである物質はどこまでも分割が可能で、原子というものは存在しえない」。

 デカルトは、オランダのドルトレヒト大学の学長イサク・ベークマンと共同で落体の実験を行う。「一六〇四年のガリレイの落体の(謝った)運動方程式以来の理念を引き継いだのは、オランダの数学者ベークマンから力学を教わったデカルトだった。もっとも例によってデカルトは、自分の出した正しい結果まで誤って引用する始末だが、落下速度が落下時間に比例しようと、落下距離に比例しようと、あるいは一定であろうとも、とにかくこの種の〈変化の法則性〉を整合性において理解しようと試みたところに、デカルト的な特質がある」(森毅『数学の歴史』)。当時のオランダは、デカルトが亡命したように、最も経済力をつけ、自然科学においても、最も進歩的な国である。渦動説は、リベラルな雰囲気の中、こういった実験・研究の後に、デカルトらしくいささかおっちょこちょいに、考案されている。彼は中世的な線形のコスモスが崩壊して、混沌とした非線形のカオスの時代に生き、その思想を語ったのである。

デカルトは、『方法序説』において、亡命先のオランダでの生活について次のように書いている。

 

 ここで私は、他人のことに興味を持つよりは自分の仕事に熱心な、極めて活動的な多数の人々の群の中で、最も人口の多い町で得られる生活の便宜を何一つ欠くことなく、しかも最も遠い荒野にいると同様、孤独で隠れた生活を送ることができたのである。

 

後の自然科学者に与えたデカルト功績は大きい。デカルトの企ては、いかなる領域であろうとも、概念を独立させることである。時間と空間を独立させる。ニュートンは、その上で、空虚な空間に空虚な時間を付け加えて、運動を展開する。ニュートンの運動の三法則は、デカルトの思想を叩き台にして築かれている。慣性・運動量の保存・運動の直進性が含まれ、さらに個々の自然現象をできるだけ少ない法則で表わし、そこからさまざまな現象を説明しようと試みているからである。デカルトは、『哲学原理』の中で、力と距離との積を「仕事」としている。「運動および静止は、物体の相異なった様態であるにすぎぬ」と言い、相対的な運動の考え方をとっている。これは後に、光粒説のニュートンに対抗して、光の波動説を唱えたクリスティアン・ホイヘンスに強く受け継がれる。光学の研究においても、デカルトは、入射角と反射角は等しいという反射の基本的法則を発見している。また、「神は運動の第一原因であり、宇宙のうちにつねに同一の運動量を保存する」と言って、「運動量保存則」を考案し、「いかなるものも、できるかぎり、つねに同じ状態を固持する。いったん動かされたものはいつまでも運動し続ける」のであって、「すべての運動はそれ自身としては直線運動である」と言っている。これらは後にニュートンの運動の第一法則に発展する。また、ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツは、「空虚な空間」というニュートンの説に反論して、空間は別々に存在する物体の集合の配列であって、相対的なものであると考えている。これは、決して、デカルトからそう遠くない。ニュートン対反ニュートンの論争のいずれの側もデカルトに由来している。

エーテルが宇宙に充満している暗黒物質(ダーク・マター)であるとすれば興味深いが、デカルトの渦動説は、確かに、宇宙論としては現在否定されているけれども、気象学の点では、重要な認識を示し、それは巨大な転倒を秘めている。デカルトの渦は乱流である。乱流は、定常な層流と違い、非定常であり、複雑である。水道の蛇口から流れる水の量が少ない場合に見られる状態が層流であり、多い場合に生じる現象が乱流である。乱流と層流はレイノルズ定数によって決まる。デカルトの渦動説は非線形現象を把握する試みであり、それはデカルトの思想が線形ではなく、非線形だということを明らかにしているのである。

 

第二部 The Two Anamorphoses

「コギト・エルゴ・スム」はアナモルフォーズである。

 

 〔デカルト。

 大づかみにこう言うべきである。「これは形状と運動から成っている」と。なぜなら、 それはほんとうだからである。だが、それがどういう形や運動であるかを言い、機械を 構成してみせるのは、滑稽である。なぜなら、そういうことは、無益であり、不確実で あり、苦しいからである。そして、たといそれがほんとうであったにしても、われわれ は、あらゆる哲学が一時間の労にも値するとは思わない〕

(ブレーズ・パスカル『パンセ』)

 

デカルトはすでに彼の自然学の体系を『世界論』として書きあげていたが、ガリレオ・ガリレイの裁判で地動説が弾劾されたのを知り、その出版を諦めている。しかし、友人の勧めによって、地動説に触れずに論じられる『屈折光学』・『気象学』・『幾何学』を執筆し、これら三つの論文への序文として書かれたのが、『理性を正しく導き、諸学における真理を探究するための方法についての序説(Discours de la Methode pour bien conduire sa raison,et chercher la verite dans les sciences)』、いわゆる『方法序説』である。

デカルトは、一六三七年三月メルセンヌ宛書簡の中で、この命名の理由について次のように述べている。

 

私は方法論としないで、方法の話としていますが、これは方法に関する「序言」または「私見」というのと同じことで、私は方法を教えるという意図はなく、ただ方法について話すだけということを示すものなのです。方法について私の言うことから察しうるごとく、方法は理論より実践の中にあるのであって、そこで私はこれに続く論文を〈この方法の試み〉と名づけます。と言いますのも、それらに含まれる事柄は、この方法なくしては見出され得なかったものであり、この方法が価値あることを知るものであると主張するためなのです。また。私はこの方法があらゆる種類の題材に及ぶものであることを示す目的で、最初の話の中に、形而上学・物理学・医学のある部分をとり入れたのです。

 

『方法序説』は方法論ではなく、あくまで方法の書物である。方法はア・プリオリにあるのではない。「方法は理論より実践の中にある」のであり、具体的な経験や思考から導き出される。私は他者になって考えることはできず、ただすでにある自己を掘り崩すことだけが問題である。「私の計画は、私自身の考えを改革しようとつとめ、まったく私だけのものである土地の上に家を建てようとすること以上に及んだことはない」(『方法序説)。しかも、そうして確立された「方法があらゆる種類の題材に及ぶもの」である。『方法序説』の「方法」はデカルト思想全体の基礎にほかならない。

デカルトは方法に意識的であるが、森毅の『数学の歴史』によると、二〇世紀は「方法」の世紀であり、その意味で、非常にデカルト的である。

『方法序説』の第一部は「良識はこの世でもっとも公平に分配されている」から始まり、自分が受けたスコラ哲学的な学校教育を批判して、確実な知識を求めて「世間という大きな書物」を読むために、旅に出たことを語っている。第二部は、その旅の途上で見出した規則を述べている。それは数学的知識をモデルにした明証性・分析・総合・枚挙である。第三部では、真理を発見するまで生活をしないわけにはいかないので、その間に必要な暫定的な道徳が述べられる。第四部は彼の形而上学的体系を主題としている。方法的懐疑によって到達した「コギト・エルゴ・スム」と神の存在証明である。第五部では、この形而上学を基礎にした自然学の一部が披露される。第六部は、この書物の出版の経緯と今後の抱負を語っている。デカルトは、人間を「自然の支配者にして所有者」にするのが自分の哲学の目的であると宣言する。

「真でないいかなるものも真として受け入れることなく、ひとつのことから他のことを演繹するのに必要な順序をつねに守りさえすれば、どんなに遠く離れたものにも結局は到達できるし,どんなに隠れたものでも発見できる」として、デカルトは、『方法序説』において、理性による真理探究のために、次の四つの規則を立てる。

 

明晰かつ判明に(clara et distincta)精神にあらわれるもの以外は、なにもわたしの判断のなかに含めないこと。

 

私が検討する難問のひとつひとつを、できるだけ多くの,しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること。

 

私の思考を順序に従って導くこと。

 

すべての場合に、完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、なにも見落とさなかったと確信すること。

 

この四つの規則は、それぞれ、「明証性の規則」・「分析の規則」・「結合の規則」・「枚挙の規則」と呼ばれている。これらの規則に従って、探究していけば、まず間違いなく、真理に到達できる。

四つの規則で真理を探究するとしても、新たな体系ができるまでの間にも,実際に生きていかねばならない。そこで、デカルトは、『方法序説』において、暫定的に「守るべき道徳(morale provisoire)」を次のように制定する。

 

自分の国の法律と習慣とに服従し、幼いときから教えられた宗教を一応守り続けて生きていくということ。

 

自分の行動において、できる限りはっきりした態度をとることであって、いったん決心した場合は、それがあたかも確実なものであるかのように従い続けることが必要だろう。

 

運命によりもむしろ自己に打ち勝つことに努め、世界の秩序よりはむしろ自分の欲望を変えようと努めること。

 

自分はあらゆる職業の中から自分に最も良いものを選ぼうと決心した。

 

デカルトにおいて、理論と生活は必ずしも分化していないが、その混同は避けられている。生活あっての真理探究である以上、理論によって生活を破壊すべきではない。臨機応変な姿勢が大切だ。デカルトは未分化で癒着していた領域を独立させる。それには例外はない。

こうした柔軟な姿勢はパスカルに耐えられるものではなく、彼は、『パンセ』において、デカルトを次のように批判している。

 

 学問をあまり深く究める人々に反対して書くこと。デカルト。

 

 無益で不確実なデカルト。

 

 「そもそも、デカルトのように、単純明快な議論のできる男は、その心は複雑晦渋であったに違いない。パスカルは、デカルトが大ざっぱなことを言うと非難している。しかし、几帳面なパスカルのほうが、繊細の精神なんてことを言うだけ、心は透明だったような気がする」(森毅『魔術から数学へ』)

こういった規則と道徳を守りながら、正しい演繹のための土台となる第一原理を追求するために、デカルトは「方法的懐疑(la doute methodique)」を行った後、「次のように気がついた。すなわち、このようにすべてを偽と考えようとする間も、そう考えているこのわたし自身は必然的に何ものかでなければならない」。「我思う故に我在り(ego cogito, ergo sum je pense, donc je suis: I think therefore I am)というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、この真理を求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられると判断した」。デカルトの「私」は「思惟するもの(res cogitans)」である限りの「私」である。

デカルトは時空間に渦を想定し、自己組織化における乱流を先取っている。コギトは、同様に、自己組織的臨界状態点に達し、スムへとすぐさま変化する。コギトは決定論的非周期性という性質を持っている。デカルトが方程式を考案しても、関数に至っていなかったという点から、デカルトが静的であり、動的ではないと判断するのは早計である。彼の方程式は臨界状態にあり、関数へと潜在的に向っている。パスカルは、『パンセ』の中で、「私のつかの間の生涯がその前後に続く永遠の前に吸い込まれてゆくことを思い、私が満たし私が見ているわずかな空間が、私の知らない、私を知らない無限に広大な空間の中に没してゆくことを思うとき、私は恐ろしくなる。そして私がそこではなくここにいることに驚く。なぜそこではなくここなのか、その時ではなく今なのか、何の理由もないからである。誰が私をここにおいたのか? 誰の命令、指図によって、この場所この時が私に定められたのか?」と記しているが、パスカル的な問いと違い、だいたいこの辺にコギトはいるとデカルトは主張する。デカルトのコギトは非線形的な乱流であって、パスカルの「私」は線形的な層流である。

ジル・ドゥルーズは、『差異と反復』において、「コギト・エルゴ・スム」をめぐって、イマヌエル・カントの批判を援用して、次のように述べている。

 

カントの答えはよく知られている。無規定な存在が〈私は考える〉ことによって規定可能になる形式とは、時間の形式である……。ここから帰結されることは極端である。私の無規定な実存は、ある現象の実存として、ある現象的な主体として、時間の中でだけ規定される。この主体は受動的または受容的で、時間の中にだけあらわれる。

 

カントによれば、「コギト・エルゴ・スム」は時間の概念にまったく言及していない。コギトは、一瞬のうちに、スムへと変換される。デカルトの命題に基づく「私」は規定のないまま自発的かつ実在的であるが、カントは「私」を「受動的または受容的で、時間の中にだけあらわれる」。ドゥルーズは、カントを援用して、デカルトを批判し、私における他者の問題を考察している。

しかしながら、カントの時間は、ニュートン力学のように、線形的であり、「私」の運動は滑らかに変化する。他方、デカルトのこの命題は非線形現象を具現している。変換は、因果性を明確にしないまま、急激に起こる。何が原因であるのか特定するのではなく、グローバルな全体から現象を認識しなければならない。

 「コギト・エルゴ・スム」はアナモルフォーズである。デカルトにおける他者の不在を非難したり、それを逆に擁護したりするよりも、そのアナモルフォーズ性を考察すべきだろう。「コギト・エルゴ・スム」をアナモルフォーズとして見るとき、デカルトをめぐる他者の議論がアナモルフォーズであることが顕在化してくる。

「アナモルフォーズ(Anamorphose)」は歪み絵、すなわちある原型を法則的に歪曲して標示する技法である。凹面鏡に映った姿はその一例である。「まずある正常な形態を一定の方向へ誇張して歪ませる。それから歪みをもとに戻すための一定の視点を見つけると、歪みはもとに戻って正常の形態が浮び出てくる。この歪みを戻す一定の視点を見つけることがアナモルフォーズを楽しむ鍵になるのである。それが見つからなければ、問題の絵はいつまでも何が何だかわからない、もやもやとした線と面の塊にしか見えないのである」(種村季弘『だまし絵』)。アナモルフォーズという用語が使われ始めたのは、デカルトが代表する一七世紀である。と同時に、アナモルフォーズは一七世紀から一八世紀、古典主義時代にかけて最盛期を迎える。アナモルフォーズは、当初、二次元的だったが、時代が経つにつれ、三次元的にも応用され、多種多様なヴァリエーションが生まれる。

種村季弘は、『だまし絵』において、アナモルフォーズについて次のように述べている。

 

アナモルフォーズの最盛期は十七、八世紀であった。十八世紀も末期になるとそれはしだいに通俗化して、やがては子供部屋の玩具箱の中に放り込まれてしまう。デカルト時代には遊びであった精神の光学は産業革命以後の生真面目なアカデミシャンに引き取られて、現実の「自然らしさ」、もっともらしさを定立する証明法へとふたたび一元化されてしまったからである。芸術作品は記号内容と記号表現との分離による戯れとして全体的に体験されるのではなくて、両者のもっともらしい「癒着」の中に閉じ込められて、人間の遊戯衝動から切り離された冷たい陳列室に隔離してしまう。自然らしさを混乱させる知覚のトリックは、子供部屋か手品師の小屋以外の場所では御法度となり、市民の美学的好みはアナモルフォーズをスキャンダルとして蛇蠍視するにいたるのである。

 

西洋思想史を遠近法の歴史と平行して捉える発想があるが、西洋思想史をだまし絵の歴史として把握することを忘れてはならない。遠近法はアナモルフォーズの一種だからである。目は現前にあるものを意味あるものとして見ようとする。アナモルフォーズは決していかがわしく、人を欺くものではない。そもそも神でさえアナモルフォーズによって表現している。神の視線は、一六世紀に描かれた作者不詳の絵画『サウルの死』では、アナモルフォーズのアナロジーとして、すなわち見える人にしか見えないものとして捉えられている。カントの二律背反はマッハの本やシュレーダーの階段であり、GWF・ヘーゲルの弁証法はLS・ペンローズの階段である。哲学的議論には、多かれ少なかれ、トリッキーなところがあるが、それは同時代的なだまし絵のテクニックと似ている。ところが、アナモルフォーズは、思想史を考察する際に、スキャンダルとして抑圧されていく。だまし絵が復権するにはゲシュタルト心理学を待たなければならない。

アナモルフォーズには動画の遠近法がある。静止画において、遠近法は近くにあるものは大きく、遠くにあるものは小さく描くことで構成される。他方、動画では、近くのものは速く、遠くのもの遅く感じられる。これが動画の遠近法である。「映像は『動き』を獲得したことで、そこに時間というものを持ち込むことになりましたが、ここには落とし穴がありました。映像は三次元の実像を、二次元の平面に移し替えたものです。動きは画像という平面に記録されていますから、実像がどのようなサイズの平面に切り取られたかによって、時間の感覚的な早さが変わってきます。同じ動くものでも、それを近くで見れば早いと感じ、遠くで見ればゆっくりと感じます。目の前で通りすぎて行く列車と、遠くを行くそれとはスピードの感覚が違います。もちろんこの場合には、音響ということも大いに関係してますが」(小栗康平『映画を見る眼』)

デカルトの「コギト・エルゴ・スム」はコギトとスムの癒着を独立させ、その結びつきを遊戯として把握したものである。フリードリヒ・ニーチェは『ツァラトゥストゥラはかく語りき』の中で「精神の三段の変化(The Three Metamorphoses)」を説いているが、デカルトは「精神の二段のアナモルフォーズ(The Two Anamorphoses)」を示す。デカルトは、実際、アナモルフォーズに強い関心を示している。デカルトの友人に、『視覚の魔術』というアナモルフォーズの幾何学的研究書を記したジャン・フランソワ・ニセロンがいる。また、デカルトは、一六四九年に発表されたサラモン・ド・コオの『影と鏡の比例による遠近法』に注目していたが、この本では三章に亘ってアナモルフォーズが分析されている。デカルトの世界は基本的に平面である。立体は、むしろ、パスカルの世界に属する。デカルトの座標平面からは遠近法が表われることはない。デカルトは「コギト・エルゴ・スム」を真理探究のアナモルフォーズとして描いて見せたのである。

 

二次元は別の意味でわかりやすいが、そこが物語のわな。あまり縦とか横とかで物語を作りすぎないか。少なくとも、流れとハミダシで作られるのが物語ぐらいに考えておいたほうがよい。それからついでに、縦に上下の秩序感覚を持ったり、横に平等の連帯の夢想したりするのをやめよう。縦の秩序に守られた横ならび幻想の崩壊した時代。

このごろではむしろ、ネットワーク型の空間のイメージに関心を持っている。二つのエレメントがあれば、その間に二者関係。三つなら三種の二者関係。これだって幾何学的には、イメージとして、線分、三角形、四面体となるかもしれぬが、それが多くなって組合せ論的世界になっていく。そこでは、縦にも横にも、そもそも枠がない。このごろのように、枠がヴァーチャルな時代ともなれば、デカルトさんの時代のようには考えられぬ。などとゴロゴロしていることだけデカルトさんなみで、アイデアが振ってくるのを待っています。

(森毅『アモルファスは座標の夢を見るか』)

 

近代において、時空間はアイザック・ニュートンが確立した微積分によって理解される。ミシェル・フーコーは、『言葉と物』において、アナモルフォーズが流行した一七世紀から一八世紀の古典主義時代を表象によってつくられる一つの自立した「空間」の中に内在的な秩序を見出そうとした時代であると指摘している。「空間の世紀」とも呼べるこの時代は、表象を説明するのに、表象以外の準拠を──ルネサンス的な「物」であれ、近代的な「実体」であれ──持たない。その代わり、表象を表象の上に折り重ねてそれ自身により説明させる。「知」は空間的に広がった分類表に代表される透明な表象と交換のシステムとして組織される。時間性はまだ登場しない。一八世紀末にこの領域に亀裂が走り、空間的なシステムは歴史の運動に飲みこまれていく。一九世紀以後の近代に至ると、表象の背後にある物自体や無意識といった不可視の実体が問題とされ、表象はこの実体を起点とする時間軸の中で語られるようになる。

 古典主義時代のエピステーメは「カメラ・オブスキュラ」をモデルとして理解できる。暗い部屋の壁に開けられた小さな穴を通った光で、反対側の壁に映し出された像により、外界の対象を直接眼にしなくとも、この対象の表象を通じて真実を探ることができる。その装置について当時の人々はそう信じている。太陽が最もふさわしい主題となることは当然のなりゆきである。アイザック・ニュートンの『光学』には、カメラ・オブスキュラとプリズムを使ってスペクトル光線に分光された太陽像を得る過程が触れられている。ジョナサン・クレーリーは、『観察者の系譜 視覚空間の変容とモダニティ』において、ジル・ドゥルーズの言葉を借りてカメラ・オブスキュラを「アッサンブラージュ」と呼んでいる。それは技術的であると同時に言説的な存在であり、どちらかに還元することはできない。カメラ・オブスキュラは、言説の織りなす形象という存在が機械としての使用と切り離しえない混合体である。それは、光を通じた外界の正しい表象をもたらす装置にほかならない。

この視点に立つと、デカルトは、カメラ・オブスキュラを人間の内的な空間、すなわち精神の表象と見なし、そこに正しい認識が生ずると主張したかに見える。時間性の欠落した「空間の世紀」において、デカルトは「コギト」という表象から「スム」という現実を導き出す。デカルトにとって、「スム」の現実性が「コギト」によって表象されているからである。しかし、「コギト・エルゴ・スム」はアナモルフォーズであり、この見解ではだまし絵の謎を見つけられない。

コギトはスムと変容するが、コギトは実体ではなく、アナモルフォーズの作用である。ひび割れた自己などではない。主体の形成と懐疑は不可分である。コギトはア・プリオリに主体ではない。疑いの中、主体が生じる。疑いの自己組織的臨界状態に達したとき、コギトが誕生する。デカルトは方法的懐疑によって主体を生成させる。コギトは固体ではなく、言ってみれば、ゲルであり、ゾルである。それには微分方程式が十分に使えない。コギトは廃部であると同時に外部であるようなアメーバ運動をしている。

デカルトは微積分を知らない。デカルトの哲学が西洋近代思想の起源であるとしても、近代は顕在化しておらず、潜在性としてのみある。「求積(曲線を全体的に把握すること)」と「微分(ある一点における挙動として捉えること)」の二つは導関数をとり、逆演算するという一連の手続きによって統一される。微積分は継続的に変化する量を扱う。微分は量の変化する速さを求める過程であり、関数を微分すれば変化率が判明する。国民国家は効率性・管理性に基づいているが、それは微積分、特に微分方程式が導き出している。フーコーとドゥルーズはそのパロディによる批判を試みている。フーコーとドゥルーズは積分と微分の関係にある。フーコーは積分的であり、ドゥルーズは微分的である。微分と積分には不可逆的関係が成立している。フーコーのエピステモロジ−は非連続体に対する積分、リーマン積分やカントールの集合論を踏まえたルベーグ積分である。フーコーが自らを構造主義者と認めないのは当然であろう。

森毅は、『数学の歴史』において、「なにをもって、デカルトは『英雄時代』を代表しうるか」と次のように述べている。

 

さしあたり、〈世界を理解するための概念形式〉が求められ、それは、彼が意識するとしないとにかかわらず、「数学」を一変させてしまったことだけが問題である。

ギリシアで〈不変〉の象徴であった図形はもはや〈変化〉の表象であり、聖なる二次曲線は一般代数曲線にその席をゆずり、「数学」は〈記号の世界〉へとはいっていった。

 

デカルトは座標を考え出し、図形を計算と結び付け、抽象化・数量化することに成功している。デカルト代数学と呼ばれているが、厳密には、デカルトがすべて考案したわけではない。座標的な発想を思いついたのはピエール・ド・フェルマーであり、「座標」という用語はライプニッツが考案している。ただ、デカルトに由来すると考えられてしまう点が重要である。デカルト自身が西洋近代思想のアナモルフォーズを体現している。

デカルトによれば、神は二つの実体を創造している。一つは思惟実体、すなわち精神であり、もう一つは延長実体、すなわち物体である。彼は、スコラ哲学においては数多くあった「実体(substancia)」を三つ、すなわち神・物体・精神に限定する。その上で、物体の主要な属性は「延長(extensio)」、精神の主要な属性は「思惟(cogitatio)」であると単純化したが、このような単純化された物体の概念を取り入れることによって、空間が均質化され、力学的な機械論的世界観を構築する土台になっている。 デカルトは「延長」によって、これまで世界にあったさまざまな「意味」を剥ぎ取る。物体はただ物体としてそこに存在する。そうなれば、「外延(explicit)」と「内包(implicit)」の区別も生じる。前者は存在の定義であり、後者は性質や用法の定義である。近代はこうして発達してゆく。デカルトは、フランツ・ボルケナウが『封建的世界像から市民的世界像へ』の中で「デカルトこそ、資本主義的個人の生活を規定するカテゴリーから、統一的な世界像を打ち立てようと試みた、最初の人であった」と指摘しているように、変化を形式によって把握する方法を提示している。デカルトの登場により、西洋思想は近代に向けた自己組織的臨界状態に達したのである。

「コギト・エルゴ・スム」は近代の出発点になっただけでなく、それを超えている。空間が渦で満たされているように、コギトも渦である。「コギト・エルゴ・スム」という非線形現象には線形的な因果関係を見出すことはできない。「みんな、物事に原因、結果の理屈を求めて納得したがっている。宗教に求めているのも、世の中がすぱっと割り切れる世界観とぼくは踏んでいる」(森毅『そこはかとない不安をついた新興宗教ブーム』)。コギトは私という現象のコアである。

 

第三部 A Beautiful cogito

「ぼくは、デカルト主義を、人が言うほど単純明快なものと思わない。大ざっぱなようで〈時代〉そのものであり、そこに基本的な〈概念〉を祭壇に祀り、その間に〈構造〉の注連縄を張って、精緻な事実はええ加減に、ゴロゴロと朝寝の床で眺めている、そんな風情がある。そして、デカルトの一生はデカルト主義的であったようなきがする。三銃士でいえば、やはりアラミスだ」(森毅『魔術から数学へ』)

 

The buildings reach up to the sky 

The traffic thunders on the busy street 

Even slips beneath my feet 

I walk alone and wonder,

Who am I? 

 

I close my eyes and I can fly

And I escape from all this wordily strife 

Restricted by routine of life 

But still I still can't discover,

Who am I? 

 

I long to wake up in the morning and find everything has changed 

And all the people that I meet don't wear a frown 

But every day is just the same: I'm chasing rainbows in the rain 

All the dreams that I believe in let me down 

Maybe I'm reaching far too high 

For I have something else entirely free 

The love of someone close to me 

Unfettered by the world that hurries by 

To question such good fortune,

Who am I? 

(Petula Clark “Who Am I”)

 

デカルトは心身二元論の創始者と見られている。デカルト主義は短絡の極みとさえ非難されることもしばしばである。それによると、デカルトは西洋近代思想の権化であり、その二元論は西洋の優位をアピールしただけでなく、西洋が世界中にもたらしたダンテでさえ思い浮かばなかった残忍さと悲惨さの原因だということになる。

けれども、それは、いわゆるデカルト主義の二元論以上に、短絡的だろう。『方法序説』の「幾何学」は、森毅の『異説数学者列伝』によると、「『代数』を応用したものではない。むしろ、それまで幾何と癒着していた〈代数〉を自立させ、それを〈幾何〉と結合させたものと言えよう」。彼の二元論はこうした「癒着」からの「自立」の結果である。デカルトの心身二元論は、「コギト・エルゴ・スム」の論理が示している通り、「癒着」していた心身から、精神を「自立」させた後、それを身体と結合させている。精神と身体は無関係ではない。互いに独立してはいるものの、両者は密接な関係にあり、一方なくして、もう一方もありえない。二元論において、選択してからは、その判断根拠が二項であるかどうかは問題ではない。選択・判断する以上、対象は他者でなくてはならない。

デカルトは、『方法序説』において、解析と代数について次のように述べている。

 

次に、古代人の解析と近代人の代数について言えば、それらはいずれも抽象的で何の役にも立たぬと思われる問題に用いられているばかりでなく、前者、すなわち古代人の解析の力は、つねに図形の考察に縛られていて、想像力を大いに疲労させることなしに悟性を働かせえ得ない。

また、後者、近代人の代数においては、人々はある種の規則と記号にひどくとらわれていて、それを精神に育てる学問であるどころか、むしろ、精神を悩ます混乱した不明瞭な技術にしてしまっている。こうしたことから、私は、これら三つの学問の長所を兼ねながら、その欠点を免れているような何か他の方法を求めなければいけないと考えたのである。

 

デカルトは、代数学が曖昧で複雑であり、幾何学はあまりに限定的であると愕然とし、その統合を試みる。古代ギリシア人は記号化を嫌ったが、彼らは作図を数学から解放している。例の命題を導き出した方法的懐疑は記号化への意志であって、記号化は現実の再現ではない。デカルト以前の数学者は個々の問題を解くための個別の技法を探している。オランダへの亡命者はそんなことには目もくれず、未知の問題を解く方程式を見出すことに向かう。未知数や既知数を示すために、xaといったアルファベットを初めて使っている。さらに、数の累乗を表現する指数を考え出し、代数方程式の正、負それぞれの解の数を知ることができる符号法則も定式化している。デカルトは代数学を言葉の制約から解放し、代数的関係に関する記述法を飛躍的に拡大する。プレ・デカルトの方法において、三次元以上の空間を理解するのは難しい。直観的に認識するほかないからだ。ポスト・デカルトでは、N次元を記述する際、座標を拡張するだけですむ。

 デカルト以前にも意識は認識されていたけれども、デカルトは、「コギト・エルゴ・スム」によって、意識を記号化することに成功する。コギトはあくまでも疑いという作用の下にあり、変数であると同時に他の変数と関連している。他の変数は他者である。ただ、私も他者も記号として認識される。

「ぼくは、デカルト主義を、人が言うほど単純明快なものと思わない。大ざっぱなようで〈時代〉そのものであり、そこに基本的な〈概念〉を祭壇に祀り、その間に〈構造〉の注連縄を張って、精緻な事実はええ加減に、ゴロゴロと朝寝の床で眺めている、そんな風情がある。そして、デカルトの一生はデカルト主義的であったようなきがする。三銃士でいえば、やはりアラミスだ」(森毅『魔術から数学へ』)

 

第四部 神と単位e

 つまり、神は単位eである。

 

Who are you?

Who, who, who, who?

Who are you?

Who, who, who, who?

Who are you?

Who, who, who, who?

Who are you?

Who, who, who, who?

 

I woke up in a Soho doorway

A policeman knew my name

He said "You can go sleep at home tonight

If you can get up and walk away"

 

I staggered back to the underground

And the breeze blew back my hair

I remember throwin' punches around

And preachin' from my chair

 

Well, who are you? (Who are you? Who, who, who, who?)

I really wanna know (Who are you? Who, who, who, who?)

Tell me, who are you? (Who are you? Who, who, who, who?)

'Cause I really wanna know (Who are you? Who, who, who, who?)

 

I took the tube back out of town

Back to the Rollin' Pin

I felt a little like a dying clown

With a streak of Rin Tin Tin

 

I stretched back and I hiccupped

And looked back on my busy day

Eleven hours in the Tin Pan

God, there's got to be another way

 

Who are you?

Ooh wa ooh wa ooh wa ooh wa ...

 

Who are you?

Who, who, who, who?

Who are you?

Who, who, who, who?

Who are you?

Who, who, who, who?

Who are you?

Who, who, who, who?

 

I know there's a place you walked

Where love falls from the trees

My heart is like a broken cup

I only feel right on my knees

 

I spit out like a sewer hole

Yet still receive your kiss

How can I measure up to anyone now

After such a love as this?

(The Who “Who Are You?”)

 

コギトの明晰な意識による自己の存在証明から、神の存在が論証されるわけだが、デカルトは、『方法序説』において、神の存在について次のように書いている。

 

 と言うのは、夢に現われる思想の方がしばしば他の思想より力強くはっきりしていることがある以上、夢の思想の方が他より偽であると、どうして確かに知りうるであろうか。私は思う、最もすぐれた精神を持つ人々が、どんなにこのことを詮索しても、もし彼らが神の存在を前提にするのでなければ、この疑いを除く十分な理由を示すことはできぬであろう。

 

 デカルトがこう告げていても、パスカルは、『パンセ』において、「私はデカルトを許せない。彼はその全哲学のなかで、できることなら神なしですませたいものだと、きっと思っただろう。しかし、彼は、世界を動きださせるために、神に一つ爪弾をさせないわけにいかなかった。それからさきは、もう神に用がないのだ」と記している。パスカルから見れば、デカルトの理論では神は便宜的な存在にすぎないというわけだ。しかし、デカルトにとって、パスカルとは異なった意味で、その方法上、神は不可欠である。

デカルトの方法は演繹法であるが、それは、数学的には、次の通りである。最初に、その問題が解けたと仮定し、必要な未知ならびに既知の線分に記号を与える。次に、その線分の関係式、方程式を求める。この場合、同一の未知線分が二通りで表わせるようにする。方程式の間から未知の線分を消去していき、ただ一つの未知線分を含む式を取り出し、それを解けばよい。

寺坂英孝編『現代数学小事典』はデカルトの解析幾何学について次のように解説している。

 

この量の代数学では単位eの存在ということが重要な意味をもっている。2量の積、商の定義で単位eが大きな役割をもっているがこの結果として、量の基本的要請である『同次性』が自然にみたされることになる。()『幾何学』第2巻は「曲線の性質について」という章であるが、ここで曲線Cの各点には方程式E(x,y)=0をみたす一組の未定量(x,y)が対応し、これによって曲線という図形が方程式という代数学の概念によって特徴づけられることになる。この点を重視して、人々はこれを解析幾何学の始源といったのである。『実数』は実際19世紀になって、はじめて論理的にも数学的にも明らかになったものである。デカルトが単位の設定によって一般量から一様に線分とみなし得る量を取出したことは、いままではあまり注意されなかったところであるが。実数を基礎におく代数学にはいま一歩というところまできていたのである。

 

デカルトは単位eの設定によって一般量から線分と見なし得る量を取り出している。線分をa,b,c,…と規定する。線分における和abや差abが、そうすれば、考えられる。次に、任意の線をとり、これを「単位」と呼び、eと表わす。単位eに関連させて、積や商をこう記す。つまり、e:a=b:xにより定められる第四比例項xabの積、abと表わされ、また、y:e=a:babの商、a/bとなる。こうした比例を使うことにより、線分全体が四則に閉じられていることになる。従来、次元の制約があったため、単位を導入できなかったが、これはベキ乗にも応用ができ、それにより、次元差の問題も解消される。しかも、曲線も、直線同様、方程式で表わすことができる。結果として、いかなる図形も方程式で扱えるようになる。デカルトは曲線を、それを生み出すさまざまな等式に従って分類しようとした最初の数学者である。デカルトの名前に由来するカルテジアン座標によって、図形であれば、すべて式で表わすことができる。あらゆる方程式は幾何学的図形に変えられる。幾何学的図形は方程式を持っている。図形も方程式もグラフ化できるというわけだ。方程式のグラフをつくるには、xに任意の数を与え、その方程式を解いてyを求める。このxとyの値に応じて、紙上に一つの点を位置づける。次に、xをほかの数に置き換え、再度yを求め、この点を紙上に書く。こうして得たいくつかの点を結んだ線が方程式グラフとなる。デカルトは、同様に、N次元の方程式の解を求める際に、想像上の数、すなわち「虚数」を導入している。この虚数の認識は一九世紀的な意識=無意識から現代のジオメトリック・アルジェブラに至るまで有効である。以上の通り、単位eは、論理上、デカルトにおいては、不可欠である。

デカルトは、『方法序説』において、疑うことを通じた「私」の確立には「現実に私より完全である何らかの存在者」がなければならないと次のように述べている。

 

それに基づいて、私は、疑っているということ、従って私の存在はあらゆる点で完全なのではないということ(と言うのは、疑うことよりも認識することの方が、より大いなる完全性で存在することを私は明晰に見るから)を反省し、私自身を超える完全な何ものかを考えることをいったいどこから学んだのであるかを探求することに向った。そして、それが現実に私より完全である何らかの存在者からでなければならないということを明証的に知った。

 

「コギト・エルゴ・スム」の論証は、それだけでは、完全には成立しない。彼以前の世界ではコギトはスムに変身できない。すべては、ヒエラルキーに応じて、異なった次元に属しているからだ。ヒエラルキーを解体して、記号化を導入しなければならない。髪の存在証明とその企てはまったく矛盾しない。デカルトは「コギト・エルゴ・スム」の後、「完全性(perfectio)」の概念から「人性論的証明」と呼ばれる方法で神の存在証明を行う。

デカルトは、『方法序説』において完全な存在者としての神について、次のように述べている。

 

完全な存在者の観念の中には現存ということが含まれており、それはあたかも三角形の観念にはその三つの角の和が三角形に等しいことが含まれ、球の観念の中にはその各部分が中心から等距離にあることが含まれるのと同様であり、あるいはむしろいっそう明証的であるということを私は見出した。従って、完全な存在者なる神は存在し、現存するということは、少なくとも、幾何学のどの論証にも劣らず、確実であることを私は見出したのである。

 

 プラトンがイデアの説明を数学で譬えていたように、デカルトは「完全性」を数学の比喩によって語っている。とは言うものの、両者の間には大きな隔たりがある。プラトンには記号化への意志がないからだ。先のデカルトの演繹法を見れば明らかなように、神は「コギト・エルゴ・スム」を成立するために、必要とされている。つまり、神は単位eである。

神はモーゼに自分自身について次のように告げる。

 

ait Moses ad Deum ecce ego vadam ad filios Israhel et dicam eis Deus patrum vestrorum misit me ad vos si dixerint mihi quod est nomen eius quid dicam eis.

dixit Deus ad Mosen ego sum qui sum ait sic dices filiis Israhel qui est misit me ad vos.

(“Exodus3:13-14)

 

神はモーゼに「我は在りて在る者なり(ego sum, qui sum)」と言う。神にはコギトはない。スムである。人間は、コギトを通じて、スムに達する。スムは単位eである。単位は在るのであって、疑うものではない。デカルトによれば、神の保証する観念、すなわち精神に「明晰かつ判明」に直観として与えられる観念は「生得観念」であり、その他の感覚によってつくりあげる経験的な観念、すなわち「外来観念」やその外来的観念を元にして構成する想像上の動物などの「作為観念」は含まれない。これは単位eから見た世界観である。

デカルトは、『方法序説』において、コギトと神の関係について次のように述べている。

 

 まず第一に、先に私が規則として定めたこと、すなわち私たちが極めて明晰判明に理解するものはすべて真であるということすらも、神が存在し、現存するということ、神が完全な存在者であること、および私たちのうちにあるすべては神に由来しているということのゆえに確実なのである。そして、このことから、私たちの観念や概念は、それらの明晰判明な部分のすべてにおいて、ある実在性を有しかつ神に由来するからこそ、その点において真ならざるを得ないのだということである。

 

 神が単位eとして、この議論に関連させれば、「コギト・エルゴ・スム」は記号的に扱うことができる。そうなれば、これはあらゆる思考に応用できるようになる。デカルトは「できることなら神なしですませたい」のではない。それがなければ、最も重要な「コギト・エルゴ・スム」が成り立たなくなるのだ。

 

第五部 A Clockwork cogito

 コギトイドは時計じかけのコギトである。

 

Alice sighed wearily. “I think you might do something better with the time,” she said, “than waste it in asking riddles that have no answers.”

“If you knew Time as well as I do,” said the Hatter, “you wouldn't talk about wasting it. It's him.”

“I don't know what you mean,” said Alice.

“Of course you don't!” the Hatter said, tossing his head contemptuously. “I dare say you never even spoke to Time!”

“Perhaps not,” Alice cautiously replied: “but I know I have to beat time when I learn music.”

“Ah! that accounts for it,” said the Hatter. “He won't stand beating. Now, if you only kept on good terms with him, he'd do almost anything you liked with the clock. For instance, suppose it were nine o'clock in the morning, just time to begin lessons: you'd only have to whisper a hint to Time, and round goes the clock in a twinkling! Half-past one, time for dinner!”

(“I only wish it was,” the March Hare said to itself in a whisper.)

(Lewis Caroll “Alice's Adventures In Wonderland”)

 

一七世紀頃に現代科学の方法論が生まれると、脳が再び注目されるようになる。デカルトは、そこでも意見を提言する。ジョン・スチュアート・ミルは、デカルトについて「精神科学の発展においてなされた最も偉大な一段階」と評価している。デカルトはコギトの源を脳、中でも松果体に求めている。松果体は脳の基底にある小さな神経核で、現在ではメラトニンを分泌して、概日リズムの刻みに関係することが解明されている。

一七世紀以降は、かの偉大な哲学者がそう主張したこともあって、心が脳と関係するという認識が支配的なる。ただ、その「関係」についての見解が大きく一元論と二元論の二つに分類される。一元論では、心は脳の活動の一部と同じであると考える。一方、二元論によると、心と脳は別のものもしくは違う過程であり、心は脳から独立している。いずれにしても、両者ともデカルトの説を根拠にし、それが疑われることは当分の間ない。

意識を脳に求めたデカルトは、その上で、血液から分離する精妙な流動体を「動物精気」と呼んでいる。彼は、動物精気が脳内の松果腺で思惟実体と接触し、神経系を経て、筋肉や身体のほかの諸器官を活動させると考えている。

当時、最も革新的だったウィリアム・ハーベイは、心臓が感情のすみかではなく血液のポンプであると主張していたが、デカルトは、『方法序説』において、そのハーベイの意義について、次のように賞賛する。

 

われわれは、この方面で新しい見地を開拓し、血液の流れは永続的な循環にほかならないと最初に教えてくれたことに対して、かの医師を賞賛しなければならない。彼はこれを外科医のありふれた経験で巧みに証明している。

 

 ハーベイは生物の身体を機械論的に説明する。生物は、身体の仕組みの点では、「動物精気」によって動くロボットである。確かに、生体内の反応は液体中のイオンに基づいている。身体は人間と機械を分かつものではない。

 デカルトは、『方法序説』において、人間と機械の違いについて次のように述べている。

 

 なお私は特にここで立ちどまって次のことを述べておいた。猿股どれか他の理性を持たぬ動物と、まったく同じ機関を持ち、まったく同じ形をしているような機械があるとすると、その機械がそれら動物とどこかで違っているということを認める手段をわれわれは持たないであろう。しかしながら、われわれの身体とよく似ており、かつ事実上可能な限り、われわれの行動を真似るような機械があるとしても、だからと言って、それが本当の人間ではないと認めるための極めて確かな二つの手段をわれわれはやはり持っている。その第一は、そういう機械が、われわれが他人に自分の考え述べるときのように、言葉を用いたり、また他の記号を組み立てて使ったりすることは、決してなしえないだろうということである。と言うのも、なるほど一つの機械が言葉を発しうるように、さらにその器官に何かの変化を起こす物体的作用に応じて、何らかの言葉を発しうるようにさえ──どこかを触ると「何の御用ですか」と尋ねるとか、他の場所に触ると「痛い」と叫ぶとか──つくられていると考えることもできる。けれども、そういう機械が自分の前で言われるすべてのことの意味に合った受け答えをするために、言葉をさまざまに配列するとは考えられない。これは、人間ならば、どんなに愚かな者にでさえ、できることである。さて第二の手段は、そういう機械は多くのことをわれわれ同様に、あるいはときに、われわれ以上にうまくなしうるであろうが、やはり必ず何か他のことで話しえないとしれば、この点から見て、その機械は認識によって行動しているのではなく、ただ器官の配慮のみによって行動しているのだと暴露される。と言うのは、理性は普遍的な道具であって、あらゆる種類の機会に用いられるものであるのに対し、それらの器官は、いちいち個別的な行動のために何らかの個別的な配置を必要するのであり、従って、生のあらゆる状況において、理性がわれわれを行動させると同じ仕方で、その機械に行動させられるだけの多様な器官の配置が一つの機械の中にあるなどということは、実際上、不可能だからである。

 

コギトは人間とヒューマノイド、すなわちアンドロイドを区別する。自動人形はコギトを持っていない点において人間ではない。人間の脳を持っているサイボーグは人間であるのに対し、レプリカントは機械である。ブレードランナーはデカルトに同意するだろう。”She said the great advantage of being alive was to have a choice. And she chose. And a part of me was almost glad. Not because she was gone but because this way they could never touch her. As for Tyrell -- he was murdered, but he wasn't dead. For a long time I wanted to kill him. But what was the point? There were too many Tyrells. But only one Rachael. Maybe real and unreal could never be separated. The secret never found. But I got as close with her as I'd ever come to it. She'd stay with me a long time. I guess we made each other real”(Rick Deckard “Blade Runner”).

自動人形に言及しているデカルトにとって「機械」は時計である。なるほど、これは古典的に見える。と言うのも、産業革命によって資本主義が拡大してく一九世紀、機械は蒸気機関を意味するようになるからである。

柄谷行人は、『階級について』において、デカルトとマルクスの機械論の違いを次のように言及している。

 

『資本論』において、マルクスは機械について独特の考察をしている。それによれば、機械は三つの本質的に異なる部分から成り立っている。原動力(モーター)装置、それを変換して伝達する装置、狭義の機械すなわち道具。蒸気機関が原動力となるとき、それは生産を、人間の身体力、あるいは個人的差異から解放し、水力や風力に必要な地理的自然条件の差異からも開放する。マニファクチュア期にはかえって地方に拡散していた工場は都市に集中し、“風景”を一変する。蒸気機関によって、はじめて実質的に資本制生産が可能となり、それが貨幣経済をとおしてすべての生産を包摂するのである。

マルクスの「機械」論において、興味深いのは、一般に機械といわれているものはその一部分にすぎないこと、また労働者は機械のたんに一部を操作しうるだけの「主体」にすぎないということである。この「機械」論は、デカルトにおける延長=道具(機械)とそれを操作する意識主体(コギト)という考えを否定する。意識はもはやデカルト的な主体ではありえない。意識は「心」の一部にすぎず、そして無意識は言語的な象徴機構をとおして意識に達する、といったフロイトのメタサイコロジーにもあてはまる。フロイトの思考を機械論的とよぶのはあやまりであって、逆にデカルト的な思考が機械論的なのである。

 

機械じかけの時計の発達はたんに時間を計測したり、時刻を知ったりするためではない。世界交通の拡大や交通機関の進歩が時計に正確さを求めている。デカルトが亡くなった後の一八世紀のヨーロッパでは、長距離の航海の進展と共に、船の精確な位置の測定ができないために、海難事故が頻発する。イギリス議会は、一七一四年、経度法を制定し、「海上で経度を確定する『実用的かつ有効な』手段を見つけた者には、国王の身代金に相応する二万ポンドの賞金を与える」と公表している。一等賞の二万ポンドの賞金を獲得するには、誤差を二分の一度以内に収めることが条件になっている。それは、時計の誤差に換算すると、激しく揺れる海上であっても、六週間の航海で二分、一日当たり三秒である。この賞金を獲得したのはジョン・ハリソンである。彼はH-1からH-4まで航海用の時計を製作している。特に、一七五九年、経度評議員会に提出したH-4は、H-1からH-3まではclock型であったのに対して、重さ一・四キログラム、直径一二センチメートルの懐中時計型のwatchである。実施された実験航海でH-4は、ポーツマスからジャマイカ往復の四カ月間の航海で二分、西インド諸島との往復で経度法の条件よりも三倍の高精度の結果を示している。マルクスにとっての「機械」は蒸気機関であり、従来の「機械」はその一部にすぎないが、汽車が開通したときに、事態は急変する。時刻が正確に統一されていなければ、ダイヤグラムが作成できないどころか、事故が怖くて、鉄道は運行さえできない。そこで、時間は、グリニッジ標準時間を中心に、標準化される。一八九四年、アナーキストのグループがこうした標準化の動きに抗議して、グリニッジ天文台を爆破する計画を立てるが、未然に発覚している。これは後にジョゼフ・コンラッドの『密偵(The Secret Agent)』のモデルとなる。時計が蒸気機関を支配したのだ。

人はかつて時計を支配していたが、時計が人を支配するようになっている。近代以前、ヨーロッパでは、時計をキリスト教教会が管理している。教会が鐘を鳴らして、その教区に時刻を知られている。今や教会が時計に従わなくてはならない。時代が経るにつれ、時間の支配はさらに強まっていく。世界は、史上初めて、時計によって統一されたのである。哲学者は時間について考察してきたが、今日では、時間ではなく、時刻が重要である。ウィリアム・ジェームズやアンリ・ベルクソン、マルセル・プルースト、ジェームズ・ジョイスはそうした時刻の優位に対して、時間を再考している。機械じかけの時間ではなく、生き生きとした時間の復権を提唱する。しかしながら、時刻の概念は人々の認識を大きく変えている。Y2K問題は時計による支配の頂点の一つである。デカルトが機械の比喩として時計を選んだのは、現代にも有効である。

時計に合わせて人は行動する。『マトリックス(Matrix)』の世界にいるようなものだ。時計に支配されたコギトは機械じかけであり、それはもはや「コギトモドキ」、すなわち「コギトイド(cogitoid)」である。コギトイドは時計じかけのコギトである。

 

第六部 I, cogitoid

従って、「コギト・エルゴ・スム」は、実は、アルゴリズムである。

 

最後に、私はここで、学問の未来のために自分がもたらそうとしている進歩について、あまり断言するつもりはないし、自分が果たせるかもできない公約をして自分をしばるつもりもない。でもこれだけは言っておこう。私は自分に残された余生を、自然についての知識を獲得するための努力にだけ費やすことを決意した。そしてそれは、医学の分野で、いま使われているものより確実な規則を引き出せるものにするつもりだ。そしてわたしの目指すものは、ほかの方向性とはちがっている。特に、ある人に苦痛をもたらさないと、ほかの人に便利に使えないようなものとはちがう。いかなる状況でもそんな探求をしなくてはならないような状態に追い込まれていたら、私は成功できなかったはずだ。この点は公式に宣言しよう。ただし、そうしたところで、この世界から認知を得る役に立つわけではないのは充分に承知しているし、またそもそもそんなことはいささかも気にしているわけではない。そして私は常に、この世の最高の富貴を与えてくれるような人物よりも、私が邪魔されずに隠退生活を楽しむことを可能にするだけの配慮を与えてくれている人たちのほうに、感謝の念を捧げるものである。

(『方法序説』)

 

時計によって支配されたコギトはコギトイドである。コギトイドはCGによって描かれるアナモルフォーズであり、それはヴァーチャル・リアリティに基づいている。「ヴァーチャル(virtual)」の反対語は「リアル(real)」ではない。「名目(nominal)」がそれに相当する。名目の類義語は「仮想(supposed)」や「擬似(pseudo)」である。前者は仮に想定したものであり、後者は外見は似ているが、本質的には異なるものを指す。また、リアルの反意語は、「実数(real number)」と「虚数(imaginary number)」の関係が示している通り、「虚(imaginary)」である。ヴァーチャルは、むしろ、現実の類義語であり、それは表面的にはそう見えないけれども、本質あるいは効果において現実を感じさせるものを意味する。だまし絵はCGにおいてより発展している。アナモルフォーズはリアルさと言うよりも、ヴァーチャリティを感じさせる。コギトイドはストレンジ・アトラクターのような渦を描く。

従って、「コギト・エルゴ・スム」は、実は、アルゴリズムである。問いでも、答えでもない。かつて不確実性は数学の危機をもたらすものだったが、量子力学において中核をなすように、数学を構成する重要な要素である。決定不能性が登場しても、数学は滅亡することなく、確実性と不確実、完全性と不完全性の弁証法によって成り立っている。アルゴリズムの重要性はそういった背景において確立される。先に述べた通り、「コギト・エルゴ・スム」の命題は非線形であり、デカルトは非線形の哲学者である。現在の状況を考慮するなら、「コギト・エルゴ・スム(cogito ergo sum)」は「コギトイド・エルゴ・スモイド(cogitoid ergo sumoid)」に言い換えなくてはならない。単位eも機械じかけだ。そのアルゴリズムによって確証される「私」はコギトイドである。さらなる非線形現象としての「私」のコア…

I, cogitoid…cogito buid...

 

Rene Descartes went into his favorite bar. The bartender asked, "Would you like your usual drink, Mosier Descartes?" Descartes answered, "I think not." And he promptly disappeared.

〈了〉

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